ヴェネツィア発の便が遅れ、ミラノで乗り継ぎ時間がなくなってしまった探索隊は、土産も買わずに、東京行きの便に乗り込んだのだった。乗るには乗ったが、成田に着くなり、アリタリアのスタッフに名前を呼ばれる。ぬ、ぬ、不吉。

こんなときに名前を呼ばれたって、ロクなことがない。降りた途端に名前呼ばれて、あなたはエライ、立派な人生だと表彰されるなんて聞いたことがないもんナ。かといって、聞こえないふりして通り過ぎるわけにもいかないしナ。仕方なく近寄れば、案の定、悪いお知らせ。

「ミラノでスキーケースの積み残しが、、」
「うへーぇ、やっぱ、あれが・・あたた」
「どうにも、そういう連絡が入りまして、、」

絶句していると、隊員が小さな声で、口々にささやきあうのが聞こえてくる。
「あれ、やっぱり、あたしたちのだったのよ」
「乗ったあと、窓から下に見えてたよな」
「わたしたちのかしら、って言ってたのに」
「ねぇ、いやよねぇ」
ミラノで載せてないんじゃ、成田で出てくるわけがない。人とバッグはなんとか間に合っても、スキー板はマルペンサ空港に置き去りになってしまった。かくして、隊員たちは、旅行鞄だけで帰宅することになった。スキー板は誰も受け取れなかったわけである。

いや、違う。ターンテーブルの上を回っているスキーケースが、ひとつだけあった。楓山一登のものだった。ウエアだの洗濯物をスキーのまわりに詰め込まれて、それは風をはらんだ赤い鯉のぼりのようだった。でも、楓山のスキーケースだけが、ちゃんと出てくるって、一体どーしてなんだぁ。百戦錬磨、楓山一登、恐るべし。なに食わぬ顔で一人だけ茅野へ帰っていくって、さすが。長く生きている分、しぶとい。

「エーッと。今日は着かなかったけど、明日の便で着くから、あさってか、しあさってくらいに自宅に届くと思うから。それでは、解散」

他の隊員たちは、隊長のそそくさとした解散の声を聞き、浮かない顔で散っていくしかなかった。しかし、その時は未だ誰かの荷物が、そのままなくなってしまうなんて思ってもみなかったのである。本間綾美のスキー道具盗難事件は、このようにして起きたのでありました。 |
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