晴れ渡る空とはいかないまでも、昨晩からの雪は嘘のようにやんでしまった。ライトに照らされ舞う雪眺め、うなだれていたのが、コロリ一転。「近場で足慣し」から「完全制覇」へと甦るや、キッパリとガイドのワルターに言うのだった。
「ワルター、きょうは、ヴァル・ディ・フィエンメを滑ることにしたぞな、もし」
「ヴァル・ディ・ファッサは滑らんのか」
「そう、雪やんだし、行ったことないとこへ」
「行きたいというわけね。OK!問題ないさ」
「じゃが、昨晩着いたばかりだし。プレダッツォとカヴァレーゼのどちらがエエかのぉ」
「どちらでもいいけど、近いしプレダッツォがいいんじゃない」
「ドロミテスーパースキー8番はこれでよし」
「ン?ラテマールのスキー場なんだけど?」
「んにゃ、いいんだ。それはこちらの話」

ドロミテの住人たちには、プレダッツォはラテマールのスキー場という認識しかない。スキーマップに付いているドロミテスーパースキーの番号なんぞ誰も気にしていない。未踏だの制覇だのと騒いでいるのは、世界広しといえ探索隊ぐらいのものなのだ。

ワルターは生まれも育ちもヴィーゴ・ディ・ファッサ。親父さんは、ヴィーゴのスキースクール校長をしている。息子のワルターは昼間スキースクールを手伝い、夜は自分で経営しているパブを仕切っている。忙しいのだ。

忙しいと言えば、スキーシーズンはドロミテ一帯が忙しいわけで、ヴァル・ディ・ファッサも例外でない。というより、ファッサは滅茶苦茶繁忙期の真っただ中なのである。なにしろ、人口八千人に対して、四万人を越えるスキー客が押し寄せてくるのである。

全長20kmちょっとのファッサ渓谷に五万人の人間がひしめいている。それが、てんでに飲んだり食ったり滑ったりしているのだから、ただごとは言えないだろう。今のところこの人たちが、一斉に並んだり行列したりする様子はないが、もし、何かがあって並んでみろということになったら大変である。

いったい、どうなってしまうのか。というと、1kmあたりに2500人がひしめく状態が出現することになるのだ。モエナ、ヴィーゴ、ポッツァ、カナツェイ、カンピテッロ、ペニアまでのファッサ渓谷20kmの端からはしまで、ずーっと1mごとに2.5人、2mおきに5人が立ち並ぶことになってしまう。

その連中(自分たちもなのだ)が、好き勝手に、オレはビール。ワタシはワイン。ワシャ酒はダメと、あれこれ我がまま言うんだから、ワルターたちも必死になっている状況なのである。というわけで、この時期のファッサ渓谷は、超書き入れ時となってしまうわけなのであった。