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「ジャンニ、ドロミテに死す」の巻
セッラへ向かってアラッバからパッソ・ポルドイへ

 2007年1月チヴェッタ探索隊から帰国して数日後、ディエゴから「昨日ジャンニが亡くなった」というメールを受け取った。三行だけの短いメールで、それによると、「1月20日にアラッバからパッソ・ポルドイへ向かうチェアリフトに乗っているとき心臓発作に襲われ、ヘリコプターで救急病院に運ばれたが、病院に着いた時には心臓は鼓動を停止し、そのまま帰らぬ人となった」とあった。

アラッバからパッソ・ポルドイへのリフト 

 こんなに急にジャンニが逝ってしまうなんて考えてもいなかったし、三月にアルタバディーアから行けばいいと思っていたので、1月10日にグランデ・グエッラでアラッバを通ったときもオリンピアには寄らなかった。

 時計は14時を指していて、時間的には余裕があり、普通なら当然ディエゴに会いにオリンピア寄るところだったが、そうなるとアラッバを出るのが16時にはなる。アラッバからマルモラーダへむかう最後の斜面は雪の状態が悪く、時間がかかることが予想されたからだ。

乗ると右にセッラ。左にベルヴェデーレへの斜面が見えてくる 

 というのも滑り始めて二日目、1月8日マルモラーダ大斜面で、骨折者が出て救急車で40km離れたアーゴルドという町の救急病院へ運んだばかりだったからでもある(結果として本人はそのまま出発日まで入院することになってしまったのだが)。

 カプリーレのホテルからアーゴルドまでは25kmの距離があり、行ったり来たりに時間がかかり、そのため、なにかと今回は心理的にも余裕のない探索隊となってしまったのだった。

ベルヴェデーレからのサッソルンゴ。中央がジャンニ

 ドロミテでスキーするのが楽しみだったジャンニ(そう勝手にわたしたちは思っている)がパッソ・ポルドイへ向かう途中で倒れたのは、いかにもジャンニらしい生き方=逝き方だったのかもしれない。

 西も東も分からないわれわれを親身に助けてくれたジャンニ。言葉も通じないわれわれと、親兄弟でもないのにいつも一緒にいてくれたジャンニ。苦しみなく逝ったことを願うばかりである。

 だがそれにしても運命とはなんと突然で残酷なのであろう。なんという人の命のまた儚さなのだろう。先に逝ったジャンニの安らかな冥福を黙して祈る。


ガルデナ峠からのサッソルンゴ。左から五人目がジャンニ

コルロデッラからのサッソルンゴ。左から4人目がジャンニ



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