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「シチリア、空と海は果てしなく青く」の巻、その1
パレルモのカッテドラーレ大聖堂
Cattedrale , Palermo Sicilia Italia : Sep 1999

モンレーアレのドゥオーモ パレルモ県 シチリア州 イタリア
Monreale , Palermo Sicilia Italia : Sep 1999

 九月の末にシチリアへ行ってきた。前にも行ったことはあるが、それはローマで暮らしていた頃のことで、一九七六年のことだから二十三年振りということになる。今回は、イタリアスキー探索隊員のソムリエハラダ、ミスいわき能戸洋子、アラッバ三人娘の田中小百合、梶文枝らとシチリア漫遊隊を結成して、シチリアを走ってみることにしたのである。

 パレルモ二泊、シーラクーザ二泊、タオルミーナ二泊、機中一泊の七泊八日の旅である。レンタカーを二台借りて、パレルモからアグリジェント〜シーラクーザ〜タオルミーナと走る。イタリアで十九年振りに、ハンドルを握ることになった。嬉しい。だが、当然ながら右側通行に、左ハンドル、マニュアル車である。大丈夫だろうか。ドライバーは隊長、ハラダ、そして
「休み取って、郡山まで行って国際免許貰ってきたんだから、運転させてー」
と言うマドンナ洋子の三名である。隊長の脳裡を幾ばくかの不安がよぎったとしても誰が責められるだろうか。

イタリアでオートマ車を見つけるのは至難の業だ。と言うのも、イタリアーノにとってクルマは自在に操ることが喜び=自己実現となるマシーンだからである。ひとたびマシーンがガレージから引き出されるや、たちまちそこはサーキットと化してしまう。サーキットにオートマ車が似つかわしいだろうか。答えは当然ノーにちがいない。従って彼らは、オートマ車はクルマではないと分類するのである。売り出しても誰も買わないから、フィアットもアルファもオートマ車の生産は限られている。その上、オートマ車しか転がせない者は、イタリアでハンドルを握る資格がないと断定して、レンタカーにもオートマ車は殆ど用意されない。

 とは言っても、走っているよりも止まっている方が多い日本では、オートマの方が楽ちんである。こちらも9年前に転向してから、オートマ車しか乗っていないので、久しぶりのマニュアル車は少しばかり不安だった。ソムリエハラダが
「来る前にフェッラーリのマニュアル車で練習したから、安心して下さい」
と言うので
「おー、さすがじゃない」
と聞いてみると、練習はゲームセンターの話で、それもコースアウトとクラッシュの連続だったらしい。
「この際、操作性のいいアルファが運転したいです」
とか真顔で言うので、ますます安心できないのであった。
パレルモ。Quattoro Cantiの四つ角。

パレルモの市場

海の幸が豊富なパレルモ


モンレーアレから見るパレルモは黄金の盆地と呼ばれた肥沃の地
Parelmo= Conca d'Oro veduta da Monreale : Sep 1999

ノルマン王宮、パレルモ
Palazzo dei Normanni , Palermo Sicilia Italia : Sep 1999

 パレルモは初めて行ったが、予想外に大きな都会であるのに驚いた。ここ数年アオスタやヴェローナ、ヴェネツィアやフィレンツェのような、こじんまりとした中小都市を訪れることがあっても、ローマやナポリのような大きな都会はミラノを除くと訪れていない。イタリアではナポリ、トリノに次ぐ第五番目の都市で人口73万というのだから認識を新たにした。

 九時にホテルを出発した一隊はパレルモの観光名所を隈無く巡り、二時の昼食までは目一杯探索を続行した。歩き回って喉がカラカラ、やっと見つけたトラットリーア・ピッコロナポリで座るなり飲んだビールがうまい。
「ん、ぐぐ」
「んめ。ぷはは」
一息ついて
「シチリアで最初のワインは?」
「それはやっぱりコルヴォでしょ」
シチリア一杯目のワインは、ソムリエハラダお勧めのコルヴォでありました。こうしていつものように旅の幕は開いたのである。

 昼食後はパレルモ南西8km程の、山上都市モンレアーレへ行ってみた。ドゥオモのモザイクを見て、ベルヴェデーレの庭園からConca d'Oro「黄金の盆地」に広がるパレルモの街を眺望してみたかったからだ。モンレアーレから見るパレルモは、揺らめく陰影の中で確かに黄金のように光り輝き、フェニキア以来、シチリア第一の都市となる命運を理解できたような気がした。

 パレルモを丸一日堪能して、ディナーは郷土料理の店サンタンドレーアで、魚づくしに決めた。パレルモ旧市街の中心、ほんとに小さなピアッザに白い天蓋を張って、テーブルが並んでいる。オーナーのアンナマリーアがその日のお勧め料理を解説しながらオーダーを受ける。いかにもイタリアらしい、しゃれた雰囲気のトラットリーアなのであった。

 ワインはネーミングに惹かれて、
「DONNA FUGATA」=「私を捨てた女」と「NOZZE D'ORO」=「金婚式」
を頼んでみた。どちらもしっかりした飲み口の、なかなかの白ワイン。シチリアの太陽と力強い大地の香り立つような爽やかさに、全員笑顔が思わずこぼれるのであった。
ピッコロナポリでおじさんたちが
リモンチェッ ロ(リキュール)をおごってくれた

「黄金の盆地」に広がるパレルモの街


レガレアーリ、タスカダアルメリータのワイナリー中庭
Tasca d'Armelita Regaleale , Sicilia Italia : Sep 1999

ブドウを摘むジュゼッペ。ノッツエドーロのワイナリー
Tasca d'Armelita Regaleale , Sicilia Italia : Sep 1999

 シチリアワイン、ノッツエドーロ(金婚式の意)のラベルには、シチリアの田園風景をバックに老夫婦が寄り添う姿が描かれている。ジュゼッペとフランカと名前が添えてあって、反対側には、ジュゼッペが限りない愛を込めてフランカのために造ったワインと献辞がある。

 愛に充ちたラベルに惹かれて、パレルモからアグリジェントへ向かう途中、レガレアーリにあるタスカダアルメリータのカンティーナへ立ち寄ることにした。山の中へ入ってVallelunga(長い谷の意)を行くのだが、その名の通り長い谷のあちらこちらを尋ね歩いても、なかなかお目当てのワイン蔵へたどり着けない。

 レガレアーリの村に着いて、朝市で交通整理中のポリツィオット=お巡りさんに道を聞いて、しばらく行くと、ブドウ畑が広がってきた。
「あ、ここじゃないかしら」
しっかりナビゲータの洋子が言うので
「ここかなあ」
車を止めて、門構えと奥の屋敷を見やっていると、背後に車の停まる気配がして、30代半ばのひげ面男がおりて来る。

「こんにちは」
「あ、今日は、いいとこへ来てくれた」
「おまえさんたち、どこへ行くのかね」
「んーと、タスカダアルメリータのワイン蔵へ行こうかと思って」
「ふんにゃら、それは、私んとこだよ」
クルマの中から農夫二人が
「そーじゃ、この人のカンティーナだわさ」
と笑いかけている。
「えーっ。うそー」
「わー、あなたが、それでは」
「ジュゼッペです。私の農園はここじゃなくて2kmぐらい先だけどね」。

 なんという幸運だろうか。はるか日本を離れたシチリアの地で迷っている時、訪ねようとしている当の本人に巡り会うとは。神は迷える子羊達の前にジュゼッペを遣わされたのである。

 見知らぬ気まぐれな旅行者が
「行ってみようか」
「行きたいですね」
「わーい。いこいこ」

 思いつきで突然立ち寄っただけなのに、ジュゼッペはイヤな顔ひとつしなかった。ワイン工場に案内し、作業の過程を説明してくれ、ラベルが貼ってない60万本のワインが貯蔵してある地下の保冷庫も見せてくれた。殆どが輸出されるそうで、行く先が決まった段階で、それぞれの国向けのラベルを貼るらしい。

 「試しに飲んでみてくれ」
われわれのザックに未だラベルの貼ってないワインをねじ込みながら、
「この次来るときは、前もって電話して欲しい。食事を用意して、妻のフランカにも私の母にも紹介するから」
ジュゼッペの少年のような目が、きらりと一瞬輝くのだった。


シチリアワイン、ノッツエドーロ

神は迷える子羊の前にジュゼッペを遣わされ た。

ラベルはこれからのノッツエドーロ60万本 にうっとり

レガレアーリ、ワイナリーからの眺め
Tasca d'Armelita Regaleali , Sicilia Italia : Sep 1999

Cattedrale , Palermo Sicilia Italia : Sep 1999
イタリア、シチリア、パレルモ、大聖堂。

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