ローマからナポリへ向かう列車のコンパートメントに、フランス人の初老の夫婦が乗り合わせた。ふたりは列車の窓から後ろへ飛び去っていく景色を飽かず眺めている。

走り去る窓に新しい景色が現れる度に、奥さんが小さな感嘆の声を上げ、柔らかな言葉で夫に話しかける。幸せに包まれた光景に、ひととき心が和むのだった。

フランス語を解さないので、言っていることは分からないが、ようやく子供も育ち、夫婦二人だけでイタリアに来ることができた。旅行は結婚記念のプレゼントかもしれない。

手にした小さなノートに間断なくなにかを書きつける様子は詩人のようでもあり、添えられていくスケッチも本格的だった。長年の夢が叶った歓喜が静かに伝わってきた。

ナポリの駅について、ホテルへ行くためタクシー乗り場へ向かっていると、回りがただならぬ空気にざわつき始めた。ひしめく男たちの低い怒声に女性の泣き叫ぶ声が交じる。近づいてみると、悲痛な叫びの主は、先ほどコンパートメントで一緒だった女性ではないか。

駅に着いて、車を探そうとしていたら、数人の男たちが声をかけてきた。断る間もなく男たちが旅行鞄を運び始めてしまうが、いずれ、車に乗ってホテルへ向かうのだからと任せてしまったらしい。

乗り場に着いてみたら、二つの鞄が見えない。先ほど、わらわらと荷物運びに取りかかった男たちが、鞄を持ってそのままいずこかへと遁走してしまったのだった。

運転手は「何が起きたんだ」とか、「それは大変だ、警察を呼ぼう」とか「オレは知らない」などとトボケるばかりでラチがあかない。

これはもう強奪なのである。呆れるほど荒っぽい手口で荷物に手をかけ逃げ去る。あまりに単純すぎて疑う暇もなくことが運んでしまう。テキはもちろん最初からグルなのだ。

ああナポリ、なんという邪悪。神をも恐れぬ鬼畜の所業。か弱い者に襲いかかる無慈悲非情。これほどナポリを熱望する者からも、情け容赦なく簒奪する悪党悪漢跋扈跳梁。やはり、この地に神の恩寵は宿らない。
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カゼルタ、王宮の入り口
Caserta Parazzo Reale Campagna,Italia
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カゼルタ、観光客がいっぱい
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